この子のママになるって決めた日 3
私の実話漫画↓
この子のママになるって決めた日 #3.ななさん

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あとがきᝰ✍🏼
ななさん(仮名)
今回は辛い過去も含めて体験談を教えて頂き
本当にありがとうございました。
ななさんから頂いたDMの一部です。
命と向き合ったからこそ言えるななさんの強く優しい言葉を聞いてもらいたいです。
ななさんからのDM
私は14歳の時にフィラデルフィア染色体陽性急性リンパ性白血病に罹患しました。
その治療で骨髄移植をし、骨髄移植に伴う放射線治療や抗がん剤治療の影響で不妊になりました。
薬を内服しないと生理も来ないので、婦人科に通っていました。婦人科の先生に、「骨髄移植をした後に、妊娠した人を知っているか?」と尋ねた際に、
「妊娠した人は聞いたことがない。だが、特別養子縁組で子どもを迎えた人は知っている」との返答をいただき、その際に特別養子縁組の存在を初めて知ったと思います。
そのときは、「自分の子どもは産めないのかなー」とがっかりした記憶があります。
ですが、私は子どもが好きで育てたいという気持ちもあり、夫がプロポーズをしてくれたときも、「子どもを授かることができなかった場合は、特別養子縁組で迎えたい」ということを事前に伝え、夫も過去のことは色々と既に知っていたので、快く了承してくれました。
結婚後、ダメ元で有名な不妊治療のクリニックに行きましたが、治療前の検査の段階で「治療をしても妊娠することは難しい」と伝えられました。
はっきり伝えてもらい、逆に良かったと思っています。
特別養子縁組で育てたいと強く思った出来事があります。
結婚後、児相で働く機会があり、
乳児院や児童養護施設で過ごす子どもたち、虐待を受けた子どもたちと触れ合う機会がありました。
親の愛情を求めている子どもたちが多くおり、
私に対して「こんな優しい人がお母さんだったらいいなーって思ったよ」なんて声を変えてくれる子もいました。
虐待を受けている子どもたちは、
みんな愛情に飢えていて、非行に走る子供達も多くいました。愛情をたっぷりもらえる環境で育ててもらえたのなら、この子達は違った人生を歩むことができたのではないかと考えることは少なくありませんでした。我が家なら、愛情をたっぷりあげて大切さに育てていくのに、、、と。
そのようなことがあり、特別養子縁組を選びました。
今は幸せいっぱいです。
私の母は、養子を迎える前は「血の繋がっている子を育てるのも大変なのに、血の繋がっていない子を育てられるの?」と反対していましたが、息子を迎えてからは、メロメロです。親族みんなに可愛がってもらっています。
息子がいない人生は考えられないです。
息子は、私たち夫婦を選んでやってきてくれたのだと思っています。
夫婦も血は繋がっていません。でも一番に分かり合える家族だと思っています。なので、血のつながりは関係ないなと、息子を迎えて改めて思いました。
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